7と9のあいだ

26歳の新婚ほやほや主婦が日常の様子を書くブログ

しゃべりたいのにしゃべれない

 

外山滋比古氏の「知的生活習慣」を読んでいると、「しゃべることは体に良いからしたほうが良い。おしゃべりがエクササイズに含まれていないのは不思議だ」というようなことが書かれてあった。

一見、ごく当たり前のように感じるが、改めて言われないと気付かないこともある。

 

今の生活は日中一人で好きなことを出来る反面、誰かとしゃべることがほとんどないので、つらい状況だ。外山氏にお墨付きをされると、なおさらしゃべりたい気持ちが募る。水泳、なわとび、フラフープ、腹筋というエクササイズは一人でできても、おしゃべりというエクササイズは相手がいないとできない。

たまにすれ違うと猛烈に話しかけてくる一人暮らしのお年寄りの気持ちがわかるような気がした。

 

学生時代は電話で友達と話したりもしたが、あの頃よりだいぶ友達は減ったし、相手が仕事をしている以上、話したいときに自由に話せる状況でもない。

失業保険の条件上、アルバイトは制限されているし、自分でインターネット上でオフ友を探すエネルギーもない。おしゃべりがしたいという理由だけで両親に会いに行くのも、少し照れくさい。

「声を出す」という観点ではカラオケに行くことも一つの手だとは思うが、決められた歌詞を上手に歌うのはおしゃべりではないし、誰かと時間を共有し、自由に話す時間が欲しいと思ってしまう。

 

結局、悶々としながら夫が帰ってくるのを待ってるしかない。

こんな、毎日でいいのだろうか。

 

少し前までは転職活動で結構しゃべった。でも、面接という特殊な環境下では、決まった傾向の質問に対してある程度練習した成果を発表する場だし、たまにハッとする質問や想定外の質問に対してその場ではうまく切り抜けたつもりでも、後になってあれじゃよくなかったとか、頭悪いなとか自己嫌悪に陥って、 楽しくない。

それでも、誰かとぶつかって関わりあっているという事実は刺激的だ。

しばらく転職活動はするまい、自分が何をしたいのかはっきりさせてから再チャレンジしようと思ったのに、結局転職活動に踏み出すのだろうか。

 

 

そして傷ついて、また同じことを繰り返すのだろうか。